2017年1月23日月曜日

北斎晩年最大の傑作、須佐之男命厄神退治之図 No.1

晩年の北斎はやはりすごい。その最大の傑作のひとつ「須佐之男命厄神退治之図」(1845)が現代に甦った。
凸版印刷によれば、同社は、「墨田区が進める、葛飾北斎晩年最大級の傑作といわれる大絵馬「須佐之男命厄神退治之図 (すさのおのみこと やくじん たいじのず)」の復元プロジェクトに参画。関東大震災で焼失した「須佐之男命厄神退治之図」の残された白黒写真から、凸版印刷の最先端デジタル技術を活用し、撮影された当時の彩色された絵馬を原寸大で推定復元しました。」

この復元については、NHKの「ロスト北斎」で詳しく紹介された。
左がその復元画像である。現在、すみだ北斎美術館に掲げられている。

今のところ手元にはこれ以上の適当なカラーのデータが無いのでこれを用い、後日より鮮明な画像に差し替えたい。

牛島神社によれば、元の絵は、全体に銀箔が使用されたとされているが、復元された絵馬では金箔が使われている。

とりあえず、元の白黒の写真版もあわせながら細部を見てみよう。白黒の絵馬は牛島神社が所有しているものである。




左の中央二人目、朱色と思われる服をまとい、腕には疱瘡の痕が見える疱瘡神(疱瘡(天然痘)を疱瘡をもたらすと信じられた疫神)が見える。朱は魔除けの効果があると思われていた。
画面全体の中央には、紫の衣をまとった梅毒の厄神とそれに寄り添いじっとこちらを見ている人物がいる。
右側には風邪をはやらせる疫病神、風邪の神が描かれている。
このように北斎は、人間社会をおそう様々な疫病神、厄病神と、それを退治しようとする真っ白な衣装の須佐之男命を描いたのである。

あらゆるものを描き尽くそうとした北斎ではあるが、この図のような病気の神々から人間社会を救おうするようなモチーフの絵は、おそらく非常に少ないと思われる。それは、次々と天災が起こり社会が不安定になった、当時の社会の出来事の反映であるだろう。また、最晩年に入って北斎の心境が少し変わったのかもしれない。

もうひとつ同じようなモチーフで描かれた、晩年の北斎の作品を掲げておこう。「弘法大師修法図」である。なお、晩年の北斎の作品は、「北斎肉筆画大全 Kindle版」で見られる。

この作品を所有する西新井大師は次のように説明している。「本図は弘法大師がその法力を持って鬼(厄難)を調伏する様子が描かれ、当山の縁起を表しているものと思われる。大正の大震災で焼失した向島牛島神社の「須佐男命厄神退治ノ図」扁額などとともに信仰に支えられた渾身の力作であると言えます。」

これらの作品を通じて、北斎のもうひとつの姿を見ることができ、北斎が描こうとしたものの多彩さとその溢れんばかりの表現力がさらに明らかになってくるように思われる。

「須佐之男命厄神退治之図」と、復活にかけた人々の努力と現代のデジタル技術のすばらしさがもっと詳しく明らかになることを大いに期待したい。

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