2017年8月9日水曜日

フーバー大統領『裏切られた自由』での、中国と朝鮮、『フーバー大統領回顧録』紹介(3)

フーバー大統領の『裏切られた自由』には、中国と朝鮮に関する興味深い記述がある。藤井厳喜他『日米戦争を起こしたのは誰か ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず』(2016年1月刊)と、渡辺惣樹『誰が第二次世界大戦を起こしたのか: フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く』(2017年7月刊)によって紹介しておこう。

これまでの3回のブログでまとめたように、ルーズベルトのアメリカはスターリンのソ連との事実上の同盟関係にあったが、中国においては国共合作を受け入れた蒋介石との協力関係を深めることで、間接的に中国共産党を支援した。ルーズベルトによる共産主義体制との連携と協調は、世界的な規模で進められたのである。それは、日本撤退の後、弱体化した蒋介石政権に代わって中国共産党が全中国を支配する道を開いた。

フーバーは、『裏切られた自由』のDOCUMENT 18 "A Review of Lost Statesmanship--19 Times in 7 Years”で、中国について次のように述べている。
「トルーマン、マーシャルとアチソンが中国に関して、政治の大道を見失ったのが第一八番目の誤ちである。ルーズベルトは、蒋介石が共産党と協力することにこだわって、中国に関する裏切りの秘密協定がヤルタでできた。その結果モンゴルと、事実上満州をロシアに手渡すことになった。トルーマンは全中国を共産主義者の手に委ねてしまった。それはトルーマンの左翼の側近の根強い影響の為である。・・・
そしてとどのつまりは、四億五〇〇〇万ものアジアの人々を、モスクワ傘下の共産主義の傀儡政権の手に委ねる事になってしまった。」(藤井厳喜他:128-9, フーバー:882)

また、フーバーは以前訪問した朝鮮について、Section III The Case History of Korea, Introductionで以下のように述べている。戦後七〇年経っても、学術的な意義のある論証や論争を抜きにして、韓国は日本の統治に批判を続けている。しかし、この文書からも、イザベラ・バードやエッカートが紹介した事実を改めて確認できるだろう。

「当時の朝鮮の状況には心が痛んだ。人々は栄養不足だった。身に着けるものも少なく、家屋も家具も粗末だった。衛生状態も悪く、汚穢が国全体を覆っていた。悪路ばかりで、通信手段もほとんどなく、教育施設もなかった。山にはほとんど木がなかった。盗賊が跋扈し、秩序はなかった。
日本の支配による三五年間で、朝鮮の生活は革命的に改善した(revolutionalized)。日本はまず最も重要な、秩序を持ち込んだ。港湾施設、鉄道、通信施設、公共施設そして民家も改良された。衛生状況もよくなり、農業もよりよい耕作方法が導入された。北部朝鮮には大型の肥料工場が建設され、その結果、人々の食糧事情はそれなりのレベルに到達した。日本は、禿げ山に植林した。教育を一般に広げ、国民の技能を上げた。汚れた衣服はしだいに明るい色の清潔なものに替わっていった。」(渡辺惣樹:170, フーバー:737)

以上のように、『裏切られた自由』は第2次世界大戦の前後の時期についての様々な事実を明らかにしている。これを機会に、ぜひ『裏切られた自由』そのものの検討へと進んでいただきたいと思う。

『裏切られた自由』についての私の冒頭のブログ
第2次世界大戦を見直す大著『裏切られた自由(フーバー大統領回顧録)』邦訳刊行迫る (2017.8.6)

戦前の朝鮮に関する記事については、以下の私のブログもご参照ください。
イザベラ・バード『朝鮮紀行』を読む (2)、Isabella Bird Bishop, Korea And Her Neighbours (2013.9.1)
イザベラ・バード『朝鮮紀行』を読む (1)、Isabella Bird Bishop, Korea And Her Neighbours (2013.9.1)
その時期での日本の経済的な影響については、以下の私のブログもご参照ください。
エッカート『日本帝国の申し子』、Carter J. Eckert, Offspring of Empire (2014.1.4)

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