2018年5月25日金曜日

ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信

ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」(あべのハルカス美術館)に行ってきた。予想外に入場者が多く、男性も多いのは少し驚いた。浮世絵や春信に対する関心が急速に高まっているのを感じることができた。

「ボストン美術館には、600点以上の春信作品が所蔵され、世界一のコレクションを誇ります。このうちの半数以上を占めるスポルディング・コレクションは門外不出、たとえボストン美術館であっても展示されることはありません。今回はそれと並ぶ質量を誇るビゲロー・コレクションより選りすぐりの作品を展示します。」(展覧会HP、かっこ付き文書は以下同じ)



展覧会は次のような構成になっていた。

第1章は絵暦交換会の流行と錦絵の誕生、第2-4章は以下の通り、第5章は江戸の今を描くで、春信に前後する作家の作品も展示されている。以下で、3つの章の代表作を紹介したい。

第2章 絵を読む楽しみ
《見立玉虫 屋島の合戦》(1766-67年頃、左の上段)
「屋島の合戦において那須与一が、平家方の官女玉虫の誘いを察し船上の扇を見事射抜いたという物語が原典」
春信の作品の特徴のひとつは、古典や故事に倣って制作することである。それが多くの人に人気を博した理由かもしれない。

第3章 江戸の恋人たち
《寄菊 夜菊を折り取る男女》(1769-70年頃、左の中段)
「闇夜にまぎれて菊の花をとろうとする若衆が、灯火を差し掛ける若い娘と目を合わせています。」

このページ下段で紹介する「夜の萩」と同様のモチーフで、若い男女の恋の、春信独特の世界が描かれている。

第4章 日常を愛おしむ
《五常 智》(1767年、左の下段)
「手習いの少女たち。江戸時代は子どもの教育に熱心で、男女問わず識字率は高かったといいます。」
春信の作品には、当時の人々の日常の生活を丁寧に描いている作品が多く、この作品を通して当時の生活が、意外に現代に近いことに気がつかされる。

ところで、春信の代表作は以上に止まらない。スポルディング・コレクション (Spaulding Collection, Museum of Fine Arts, Boston) が所蔵している雪中相合傘は有名である。

小林忠氏は、「浮世絵の至宝 ボストン美術館秘蔵 スポルディング・コレクション名作選」(小学館、2009年)で、「降りしきる雪を吹き墨の手法によって鉛白の白をまいており(現在は黒変しているが)、ほかと異なってユニークな作例である。」(179ページ)と書かれている。

画像ではわかりにくいが、「雪の白や着物の白には空摺(凹凸のみで模様を加える技法)が、施されている。」(次に掲げる文献, p.16)春信の作品を含む浮世絵は、作家ごとの個性的なテーマと作品群だけではなく、制作の多様な表現力と独創性な技術がすばらしい。

この作品とともに、「夜の萩」が、「今、浮世絵がおもしろい! 第5巻 鈴木春信」の付録として41.0*57.2(cm)の特大ポスターとして見ることができる。

この作品は、「墨一色の背景に、秋の虫の音に誘われて屋外に出た若衆と娘の親しげな様子を描いたロマンチックな図。」(上掲書, p.19)雪中相合傘と同様に、若いユニセックスの男女が、流れるような曲線で描かれている。

同書は春信の作品を、「青春」「流麗」「温故」の3つのキーワードで捉え、「雪中相合傘」と「夜の萩」は「青春」のページで紹介している。

同書には、これらと同様に評価の高い「坐鋪八景」や春画「風流艶色真似ゑもん」が掲載されていて、春信の全貌を知るのにとても役に立つ。価格が680円とお手頃だが、現在では増し刷りされていないようで、古書でしか入手出来ないのは残念である。

関連する私のブログ:浮世絵の至宝 ボストン美術館秘蔵 スポルディング・コレクション名作選 (2012.7.29)

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2018年5月8日火曜日

並河靖之七宝記念館館

新保博彦の(YouTube)チャンネルを開設しました。「並河靖之の七宝と並河靖之七宝記念館の庭園」を掲載しています。(2023.5.7)
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日本を代表する七宝家並河靖之の展覧会には、これまでいくつも出かけていたが、なかなか行く機会の無かった並河靖之七宝記念館館にようやく行くことができた。
京都地下鉄の東山駅に近く、周辺には観光地、寺院、美術館が多く、いくつかを掛け持ちで巡ると良いかもしれない。

今はまさに5月の新緑の季節、館も周辺も緑でとても美しい。昨日からの雨で緑がさらに鮮やかに感じる。

右の写真は主屋から眺めた庭園の全景である。
「庭園は七代目小川治兵衛(屋号:植治)が手がけ、琵琶湖疏水(明治23年・1890竣工)を導水した池」(記念館パンフレット)が庭園の中心となっている。
駅に近いにもかかわらず意外に静かで、主屋とともに多くの外国の賓客を楽しませたと思われる。

左の写真は主屋の応接室である。
手前に置かれているのは、並河靖之が得た多くの記念のメダルが入れられた額である。

主屋の反対側には工房があるが、残念ながらそこでの写真撮影はできなかった。
並河の作品の評価は日増しに高まっているように思われるので、近い将来七宝の制作過程や工房の姿がより詳しく紹介される日を待ちたい。

ここで、改めて、私の過去のブログでの並河の作品を紹介したい。まず、「並河靖之 七宝展 明治七宝の誘惑-透明な黒の感性」(伊丹市立美術館)(2017年9月17日)である。この展覧会で驚いたのは、その図録のすばらしさだった。それは、「248ページからなり、多数の鮮明な画像とともに、詳しい論説や説明が掲載されており、並河靖之の一連の作品を理解するために必須の書籍になっていると思われる。」(上記ブログ)

展示された作品はすばらしいものばかりだったが、やはり右上の「桜蝶図平皿」(明治中期の作品、図録では33番)を再掲しておきたい。
図録の次のページには詳細図があるが、桜と蝶が細部にわたって克明に制作されているのがよくわかる。(当初の原稿の黄色の箇所に誤りがあり修正しました)

そして、これに対応する作品も紹介しておこう。
同じような構図で、背景がピンク色になっているのが、の「桜蝶文皿」(『七宝』INAXギャラリーより)である。先の図録(94)では、記念館所蔵の下図が掲載されている。

私は、Pinterestの私のページでこの作品を紹介しているが、おそらく最も多くピンを保存していただいているひとつが、この作品である。
ピンク色の背景の皿がとても珍しいと言うことだろう。

並河靖之とその工房の作品群は、明治時代の工芸作品の水準の高さを示しているが、それはその後の日本の製造業の発展の先駆けとなったと言えるだろう。多くの人々がその作品に触れ、また記念館を訪問されることを期待したい。

私の並河についてのもうひとつのブログ(2013年10月17日):日本の工芸:七宝、並河靖之、Shippo, Yasuyuki Namikawa」